本と私の間 〜高校の終わりに〜

30565ページ、109冊。私が高校時代に読んだ本の量だ。1日30ページと考えれば大した量ではない。(ちなみにこれは読書メーターで数えた)。中学から読書好きだったのかというとそうでもなく、高校に入って何となく読み続けてたら、こだわりが形になった。私がこの3年間でハマった本はたくさんある。埋もれさせるにはもったいないと思った。読む人がいるかもわからない独り言、メッセージ・イン・ア・ボトルのつもりだが、もしあなたがいつかふと思い出して、これから紹介する本のひとつでも読んでくれたら、とても嬉しい。

(この文章は、2026年の日比谷高校図書館雑誌「リブラリア」に寄稿したものです。)

目次

星新一短編集

1番最初は、星新一を推したい。理由は万人にオススメできるから。普段本を読まない人にも、忙しい受験生にも読んで欲しい。日常の感性を逆立ちさせる刺激的なSFショートショート集だ。星新一の作品の最大の特徴は、なんといってもその短さ。1篇3頁くらいで話が終わる。その中で、読者の想定を上回る結末が、社会風刺的な鋭さが、ユーモラスに光る。例えば、幸福な社会のために、毎日、人を静かに撃つ役人の話や、死者と通話して集団自殺が起きた世界の話。機械に従い、カバを「おカバ様」と敬う人々のようなおかしな話もある。

朝の通学時間に、新しい風を入れてみてはどうだろうか

TUGUMI

TUGUMIは、できれば夏に読みたい小説だ。吉本ばななさんの文章はやわらかくて心地いい。病弱で口が悪いつぐみと、海の見える街での思い出についての小説。私にとっては、中三のときに塾の授業で読んだ断片が忘れられず、2年越しに買った小説で、たいそう思い出深い。読むうちにつぐみが好きになってしまう。

神様のカルテ

私は 夏川草介さんの小説が好きだ。夏川さんは現役の医者で多忙でありながら小説も書かれてる。生命について扱いながら、エピソードの一つ一つが暖かい。長野の地方病院で、仕事に忙殺されながら生きることを問う医者の話だ。地方病院は大学病院とか都会の大病院ともまた違い、治療を断られた末期患者も多くいる。いかに治療するかではなく、いかに生きるか。そこには、患者の顔がある。もっとも根源的な医療小説と言えるだろう。そして、主人公の言葉が、文学からの引用の数々が、この上なくかっこいい。

流浪の月

最も好きな小説の1つだ。幸せな父と母の間に育った更紗は、父の死をきっかけに流浪の人生に引きずりこまれる。目立たぬように、馴染めるように。居場所の無い更紗と葛藤を抱えた大学生が出会い、別れ、再会する。

切ない。更紗を圧迫したのは一面的な善意だった。読み終わって最後に気づく。自分も、同じ先入観を持っていたなと。不自由な息苦しさを抱えながら、生きていくこと。表紙の洒落たアイスは、実は小説内にても重要なシンボルとなっている。 自由はアイスみたいなものかもしれないと、ふと思った。

私を強く惹いた一行がある。「わたしたちは、もうそこにはいないので」。流浪、運命のなすがままだった更紗が、社会からひらりと身をかわし、歩き始める。そのちょっとした諦めの自由さに憧れてしまった。

同志少女よ敵を撃て

「同志少女」も人生最高の小説のうちの1つである。血が沸くほど興奮する。独ソ戦で、ソ連に住む少女セラフィマは、母を殺され、自身も殺される寸前に赤軍に救われる。そして狙撃兵訓練学校で、復讐のために狙撃兵になることを決意する。訓練を経て、セラフィマはやがて独ソ戦の転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。

「敵とは何か」というテーマがこの本の核にある。そもそも、倫理とは究極「皆もこれが許せないでしょ?」という共通感覚以外に根拠が無い。もし自分が戦争の時代を生きてたとして、イデオロギーに流されず、何が敵で何が仲間か、自分で考える強さを持てただろうか。そう自問してしまう。セラフィマの復讐の終着点をぜひ見届けてほしい。

虐殺器官/ハーモニー

「虐殺器官」は、間違いなくディストピア小説の最高傑作だ。だからこそ人に薦めにくい。完成されすぎているからだ。(実は漫画版・アニメ版もある)。

9・11以降、テロを一掃した先進国に比して、途上国では内戦と大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう。

このディストピア小説の社会構造は単なるフィクションではない。資本主義の世界システム=外部化社会だ。今・ここにいる私たちとパラレルでどうしようもない世界に、苦い無力さを味わうSF小説だ。(この本は精神分析的にも読める。私の過去記事で試みたのでぜひ参照してください!)

「ハーモニー」は健康に反することが非倫理的となった世界の話。窮屈なユートピアに抵抗するために死を選択した3人の少女達と、人類の最終局面の物語。ユートピアの裏側が描かれる。伊藤計劃の作品は思想と世界観の厚みがある。ハマる人はハマると思う。

太宰治短編集

「私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。…… 諸君、犬は猛獣である。」

「畜犬談」は、そんな太宰が、犬だらけの街に住む話だ。とことん犬が嫌いでビビりな太宰が、犬に好かれて暮らし始める話だ。太宰と犬の対比が、格別おもしろい。しかしその犬と太宰の間にやがて事件が起きる。私の愛する一篇だ。

太宰中期の短編は明るく健康的な作品が多い。もう1つ中期の短編を推薦したい。「誰」だ。太宰がイエス・キリストの真似をしたら、「正直者」の学生の発言に太宰が傷心して物語が始まる。太宰はダサい。とことん弱い。でも弱いからこそ、ふっと力が抜ける。笑える。

無理ゲー社会

橘玲さんは、現代社会の分析に優れている。「無理ゲー社会」は現代社会の抑圧されたリアルを写している。生きづらさの元には、リベラル化がある。高齢化/教育による知能格差の拡大/恋愛市場の純化=性愛格差/承認の不平等など問題山積、複雑に絡まりあった現代のルールブックが「無理ゲー社会」だ。一方、「人生は攻略できる」は現代の攻略本である(胡散臭いと侮るなかれ)。現代の「成功」には、いくつかの型がある。その方法が参考になる。理不尽な世界をどう生きたいか。何をチェックポイントとすべきなのか。無理ゲーを攻略するために、大人になる前に、この本を読んでスタイルを決めることをオススメしたい。

人新世の資本論

「はじめに:    SDGsは大衆のアヘンである」この1行に始まり、現代の構造の歪さ、環境問題の深刻さ、資本主義の横暴さを暴く。資本主義批判なくして環境問題の解決はありえない。資本主義=無限の利潤獲得を目指すシステムが、有限の環境容量に適合するはずがそもそも無いのだから。資本主義は、環境負荷を外部に押し付けて見えなくすることで構造を維持してきたが、そのシステムは終わりに近づきつつある。絶望的な状況に、解決策は無いのだろうか?ショッキングな読書体験となること、間違いない。環境問題を解決したいのなら善意を空転させてはならない。SDGs、アヘンを捨てろ。そこには、獲得すべき全世界がある。

精神分析系 ラカンはこう読め/承認をめぐる病/ものぐさ精神分析

精神分析は、常識をズラす。それが私の逆張りの性に妙に合っていて、精神分析が好きになった。その思考のインパクトを簡潔に伝えたい。

「私」は言葉の産物である。「私の欲望」は他者の言葉により規定される。無意識は言語のような構造を持つ。外部の言語システムが規定する。言葉の意味は、言葉の形態・記号性が連鎖することで生まれる。私は他者に呼ばれて初めて存在する。それと同時に、無意識は意味化・象徴化できないものの影響を強く受けている。未だ形を与えられていないものが、永久に埋まらない穴として人の欲望に点火する。私は他者である。

ラカン派精神分析の魅力は、人間が不完全だからこそ人間であることを、逃げずに見せてくれる点にある。さらに精神分析は、作品を読んだり現実の事象を考えたりするときに役に立つ。「ものぐさ精神分析」は精神分析をあらゆる領域に敷衍して考える本。日本史、個人や社会全体を精神分析1本で解明しようと企てる意欲作。「承認をめぐる病」は表紙がかわいいが、かなりガチの論文集だ。わかりやすいところ、おもしろいところだけつまみ食いすると楽しい。「ラカンはこう読め」はいまだに消化不良だが、なにかすごいと思わされる。たまに日常生活でも、「これがジジェク/ラカンの言ってたことか!」と気づく。何度でも読み直したい。

自我の起源

「利己的な遺伝子」を超える本。副題の通り「愛とエゴイズムの動物社会学」がテーマ。愛、つまり利他行動は常識的には不合理だ。進化論からすれば、他者のために命を捧げる遺伝子はすぐに死ぬ。しかし”愛”が消えないのはなぜか?人間社会の存立根拠でもあるこの利他性を、他の動物との比較や生物学の知識と併せて迫る。神秘の向こう側、倫理や社会の存立について知りたいなら、必読だ。生物学と社会学を架橋した、好奇心にダイレクトに効く1冊。

生物と無生物のあいだ

生命観が変わった。なんせこの本のテーマは「生命とは何か」という生物学の根幹なのだから。<私>は、固有の実体でなく、常に生成変化する現象なのだ。生命をダイナミックな平衡の流れとして捉え直す。生物基礎の復習がてら、いかがでしょうか

サイエンス入門I・Ⅱ

マイナーな本ではある。が、物理・化学系で、これ以上刺激的な本を、私は未だに読んだことがない。物理を、日常の現象の解読としてひとつひとつ説明するので、「そういうことだったのか!」という納得感が半端じゃない。数式もほぼ出てこない。中学生の科学の知識だけが必要だ。最高の入門書である。

知識に溺れて迷子の理系受験生にオススメしたい。文系にオススメしたい。文理を決められない人にオススメしたい。私の進路を変えさせた本。これ以上は何も言うまい。

暇と退屈の倫理学

退屈とは何か?なぜ、満ち足りてるはずの社会で、心が満たされないのか?この問いをベースに、文化人類学、資本主義、消費社会論、哲学を横断する。かつてパスカルは言った。「人の不幸というものはおよそ、部屋のなかでじっとしていられないことに始まる」。退屈は、幸福と直結している。三木清は言った。「幸福を語らない倫理学はありえない」。ならば、倫理学は退屈から始まるのではないだろうか。

退屈を感じる自分自身を一歩退いてメタ的に把握し、人生の方向性がおおよそわかる。決して即効性のある処方箋では無い。が、人生の意義について、ふと不安になることがあるのなら、読んでみたら良いと思う。そこから変わる何かがあるはずだから。

私を取り戻す哲学

「<私>を取り戻す哲学」は、<私>の空洞化現象の分析と処方箋として書かれたものだ。現代、私たちは電子空間で過剰なつながりを得た一方で、孤独を深めている。思考・認識の中心たる<私>のリアリティが薄れているからだ。画面をスクロールするだけの<私>は、自分がなにを欲しているかを知らない。過剰接続に対して、中心たる<私>を復活させなければならない。独断主義や相対主義という両極に振れがちになったPost-truthの時代で、コミュニケーションの可能性をどう開くか? <私>をどう築くか?倫理をどうするか?示唆と他のテーマへの接続に富んだ1冊だ。哲学の入門としても優れている。

現代社会はどこへ向かうか

社会学というよくわからない学問がある。社会を問題にしてるのか、個人を問題にしているのか。何を探究しているのか。そんな感じで、社会学は結構自由だ。この本からは、社会学の魅力が伝わってくる。人間の実存と世界の構造の変遷が、同時に語られる。未来への希望の書だとも思った。ぜひ「人新世の資本論」「暇と退屈の倫理学」と同時に読んでみてほしい。ミクロとマクロ、個人と社会を架橋し、世界に対する見方が数段深くなるだろう。(著者の見田宗介さんは、先述の「自我の起源」の著者でもある)

おわりに

さて、これで本の紹介は全てだ。実は、推薦文を書いたものの、紙面の都合上、本文から泣く泣く削除したものも結構ある。最後にリスト化したものはその弔いだ。

本を読んでいると知識が繋がる瞬間がある。これまでの読書が繋がり、ネットワークとなる瞬間がある。ピースがハマる。それが最高に楽しい。だから私は本を読む。もしそんな瞬間が共有できたら、さらに楽しい。これがあなたの読書の灯火になってくれたら、この文章にも意味が生まれる。端的に、私が嬉しい。

最後まで長文にお付き合い頂きありがとうございました。

<‪墓‪>

スピノザの診察室/城砦/羊と鋼の森/すべての、白いものたちの/息吹/東京都同情塔/社会学史/ふしぎなキリスト教/ゼロからの資本論/社会学入門1歩前/人間はどこまで家畜か/E=mc^2のからくり/闘うための哲学書/現代思想入門/センスの哲学/動物化するポストモダン/三行で撃つ/言語の本質

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